①文庫の「読者」とは、何者でしょうか?

出版社別陳列を批判する方のご意見によく登場する「出版社別陳列は読者のことを考えていない」の「読者」なんですが、これって結構重要なキーワードですねー。はたしてどういう意味で使われているのでしょうか?
書店でいう「読者」ってのは、すなわち「お客様」のことです。つまり文庫の購入されるお客様のことを考えようよ、と言ってる訳です。書店はお客様商売なわけですから全く正しい意見ですね、その通りだと思います。では、お客様のことを考えて見ましょう。お客様はどういう時にどういう必要があって文庫本を買うのでしょうか?文庫本のニーズは大体下記に分類されます。
1 好きな作家の本を安く読みたい(作家ニーズ)
文芸書の単行本は高いですからね。廉価版としての文庫本のニーズは非常に多いと言えます。この方々の特徴は好きな作家や購入したい作家が決まっているとことが多いということです。好きな作家の文庫本の新刊がでてないかよくチェックしています。このグループのニーズを、作家ニーズと便宜的に呼ぶことにしましょう。なお、現在文庫でしか入手できない過去の名作、たとえば三島由紀夫が読みたいとか谷崎潤一郎が読みたい、というマスターピースニーズもこのグループに含めても良いでしょう。
2 好きなジャンルを安く読みたい(コンテンツニーズ)
1と非常に似ていて、重なる場合も多いのですが、ちょっと違います。たとえば、ミステリならなんでも好き!とか、日本のはダメだけど海外翻訳ものが大好きとか、ライトノベルしか読まない、とかそういう人たちです。作家よりも広いカテゴリーコンテンツに興味のある層ですので、コンテンツニーズと呼ぶことにしましょう。
3 持ち歩きたい(パッケージニーズ)
バカでかい本は重いですから、電車や飛行機の中で読む用に持ち歩くのは軽くて小さい文庫本が最適なのです。つまり満員の通勤電車で本を読みたい人にとって優先順位が高いのは、値段よりも、本が軽くて小さいことであるわけです。駅の売店で文庫本が売っていたり、駅前の書店で文庫本が異常に売れたりするのは、この通勤電車ニーズによるものです。この方々は、文庫本以外はあまり購入しないという特徴があります。書店に来ても単行本には見向きもせず、文庫本売場だけを見て帰るタイプですね。このグループのニーズを、パッケージニーズと呼ぶことにします。
4 集めたい(コレクションニーズ)
これは、1や3とも重なる部分が多いのですが、安価でコンパクトな文庫本は家でコレクションとして蔵書するのに向いています。コミック文庫のまとめ買いなんて、まさにその典型ですね。これをコレクションニーズと呼びましょう。
5 学びたい(レーベルニーズ)
大変少数派ですが、存在します。この方々は大変学術的なものに興味がある方々でして、軽いものは読みません。岩波文庫講談社学術文庫朝日文庫や筑摩文庫の棚の前をうろつきます。保守的なのが特徴で、いつも同じ書店で同じ出版社の叢書シリーズの新刊を購入されます。出版社の叢書シリーズの固定客と言えるので、レーベルニーズと呼びましょう。
6 妄想したい(レーベルニーズ)
エロ系の需要です。男性なら、フランス書院文庫とか、そういう棚の前をうろつきます。女性の場合は直接的なポルノではなく、ソフトなハーレクイン系のロマンス小説、MIRA文庫とか扶桑社の海外文庫の棚の前をうろつきます。面白いことに、やはりこれも出版社の叢書シリーズの固定客なので、レーベルニーズだと言えるでしょう。
7 安心したい(ブランドニーズ)
ライトノベル好きでも、電撃しか買わない、とか、SF好きでも、ハヤカワしか買わない、みたいな方がいます。元々はコンテンツや作家ニーズからスタートした方々と思われるのですが、レーベルのブランド力を信頼し、そのレーベルのファンになった方々ですね。角川ホラーはレベル高いから安心して買える、みたいな感覚です。一種のレーベルニーズでしょう。ブランドイメージが購買動機になるという意味では、新潮文庫の夏の100冊なんか明らかにそうです。Yondaパンダのグッズが欲しいから買うわけですよ。新潮文庫。ブランドが判断基準なわけですから、レーベルニーズ以外の何者でもありません。
こんな感じでしょうか。お客様も多種多様ですね。いろいろなお客様がいらっしゃることがわかります。では、最初の話に戻しましょう。[
出版社別陳列は読者のことを考えていない」の「読者」とは、どの読者を指しているでしょうか?1のニーズには出版社別陳列は不向きですね。2もほぼそうだと言えます。3や4は、あまり関係ありませんね。5や6や7はむしろ出版社陳列の方が向いていますね。ありゃ?出版社別で都合が悪いのは1と2のお客様だけではないですか。
こうやって考えてみたら本当に出版社別陳列は読者のことを考えていないかと言えば、結構そうでもないですよねー。1と2のお客様のニーズ=全体のニーズである、と拡大解釈した場合のみ通用する論理なんじゃないかな。

「いやいや、数としては1・2が圧倒的に多いんです!」とか「学術系文庫の話じゃなくて一般小説の話をしているんです!」という反論も聞こえてきそうなので、そろそろ結論を。
私はこの8年ぐらいこの文庫陳列問題に取り組んできて、数十店舗において実験をいたしました。出版社別陳列を著者別に変更したり著者別を出版社別に変更したり、という実験ですね。その結果、文庫の陳列方法と売上の関連性はない、ということがわかりました。つまりどっちにしても売上は一緒というわけ。売上=お客様のニーズの延長上にあるわけですから、トータルでみると顧客満足度は、全くかわらないということですね。つまり著者別陳列の方がお客様のためである、という仮説は、書店の自己満足だったわけです。数十店舗やって売上実績変わらないんですから、多分間違いないんでしょう。おそらく陳列変更をしても上記のニーズの向き不向きが逆転するだけで、売上の増減分が相殺されてしまうのでしょうね。多少売上が変わった店があるとすれば、それは陳列方法ではない別のファクターが絡んでいるか、その店のニーズに極端な偏りがあったか、どちらかであると考えられます。
じゃあ、どうしたらいいの!?と憤られているあなた、ちょと工夫してみましょう。ニーズの相殺を無くすような売場を作ることが出来れば、売上は上げることができるはずです。
次回は出版社別陳列方法の長所と短所について、もうちょと深く掘り下げてみましょう。双方のいいとこ取りが出来る売場をつくるのです。