シュリンクの話
コミックのビニールパックのことを業界ではシュリンクという。お客様の中には出版社から出荷されたときにはすでにシュリンクされていると思い込んでいる方もいらっしゃるが、あれは書店でパックしているのだ。これが結構面倒くさい。
コミックを1冊ずつシュリンク専用の袋に入れ、シュリンカーと呼ばれる機械に通す。シュリンカーは熱でビニールを溶かす。シュリンク専用の袋がうまいこと熱でコミック本体を包み込むようにとけることによってシュリンクが完了する。全国どこかの書店で毎日繰り返されている光景である。
ところで、このシュリンカーという機械なのだが、ダイワハイテックス社というところが作っていて、結構なお値段がする。標準的なやつで大体30万円ぐらい。高性能なやつは150万円ぐらいする。高性能なやつは新車が1台買えてしまうお値段なだけあって、なかなか導入は予算的に難しく、全国のコミック担当者あこがれのマシンである。何が高性能なのかと言えば、このマシンはコミックをいちいち一冊ずつ袋にいれなくてはならないという袋詰め作業をしなくても、本をぱこっと置くだけで全自動で高速シュリンクしてくれるのである。最初に使ったときはあまりの簡単さとシュリンクのスピードに感動して泣いたものだ。
さて、今年のブックフェアのことである。そのダイワハイテックス社が出展するというニュースに私とエヌ氏の目は釘付けとなった。何とブックフェア期間中にダイワハイテックス社のブースに来場した人対象に抽選会がおこなわれ、一等商品にシュリンカーが用意されているというのだ。もっともそれは標準的なやつのほうだったのだが、それでも30万円以上はするマシンなのである。私とエヌ氏は興奮した。150万円どころか、30万円も出せないわが社のお財布事情の手前、エヌ氏の店にはシュリンカーが存在していないのであった。これは狙いに行くしかあるまい。
果たして、抽選はガラポン福引クジであった。チャンスは私とエヌ氏が回せる2回切り、緊張の一瞬である。ポトリ。
赤玉!
こ、これはもしや!?と思った瞬間だった。「はい3等でーす。おめでとうございまーす」の声。え?3等?
「3等はわが社の新製品の卓上型シュリンク袋カッターBOOKSLIDEです」
何ですかそれは?
「コミックのシュリンクを一瞬ではずす機械ですね」
シュリンクをはずす?エヌ氏の表情が微妙に泣きそうになる。えーと、ちょっと待て。シュリンカーが無い店なのに、シュリンクをはずす機械もらっても全然意味が無いんじゃないのか?使う機会が永遠に来ない気がするぞ。
後日、このとき一等を引き当てたのが紀伊国屋書店新宿南口店の人であったことを知る。新宿南口の紀伊国屋って言ったら150万する高性能シュリンカーが何台も導入されている巨大店舗である。エヌ氏の店とは売上の桁がまるで違う日本有数のメガショップである。しかし神はエヌ氏には微笑まず、紀伊国屋新宿南口店にシュリンカーをあたえたもうたのだった。私はこの国を覆う格差社会の現実を垣間見た気がした。