マイナス・ゼロ
- 作者: 広瀬正
- 出版社/メーカー: 集英社
- 発売日: 2008/07/01
- メディア: 文庫
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主人公が昭和7年の銀座にタイムトラベルしたときの街の描写があまりにもすばらしくて、喧騒の音が聞こえてくるようだった。
聞きなれない音ばかりである。じいさんがうがいをしているときのような、仰山な自動車の警笛。それと同じ目的で、市電の運転手が踏み鳴らす、カウベルに似た、けたたましい音。遠くのほうから聞こえてくるザーッという波の音のようなものが、すり減ったレコードの針音であることは、それにまじってかすかに「影を慕ひて」のメロディが聞こえてくることでわかった。さらに、それらの音をすべて圧して聞こえてくるのは、通行人の足音だった。土曜日の午後とあって、人通りが多い。その人たちの半数近くが和服で、ゲタをはいているのである。
ネタバレになるので衝撃の真相については書くのを控えるが、そのストーリーよりも戦前の街の描写のほうがきわめて印象的であり、そのすばらしさがいつまでもこの作品が古びないものにしているんじゃないかと思った。