マイナス・ゼロ

マイナス・ゼロ (集英社文庫)

マイナス・ゼロ (集英社文庫)

タイムトラベルものの傑作。あとがきが昭和45年8月となっているから、もう40年前の作品になるのか。なのに、全然内容は古くなくて、今でも充分面白い。というか、40年前にこれなのか。
主人公が昭和7年の銀座にタイムトラベルしたときの街の描写があまりにもすばらしくて、喧騒の音が聞こえてくるようだった。

聞きなれない音ばかりである。じいさんがうがいをしているときのような、仰山な自動車の警笛。それと同じ目的で、市電の運転手が踏み鳴らす、カウベルに似た、けたたましい音。遠くのほうから聞こえてくるザーッという波の音のようなものが、すり減ったレコードの針音であることは、それにまじってかすかに「影を慕ひて」のメロディが聞こえてくることでわかった。さらに、それらの音をすべて圧して聞こえてくるのは、通行人の足音だった。土曜日の午後とあって、人通りが多い。その人たちの半数近くが和服で、ゲタをはいているのである。

ネタバレになるので衝撃の真相については書くのを控えるが、そのストーリーよりも戦前の街の描写のほうがきわめて印象的であり、そのすばらしさがいつまでもこの作品が古びないものにしているんじゃないかと思った。