書棚と平台

書棚と平台―出版流通というメディア

書棚と平台―出版流通というメディア

日本の出版流通制度は、世界的に見てもかなり特殊なシステムによって動かされています。
雑誌が書店で販売されていること、これは当たり前のように思えるかもしれませんが、実は世界的にはかなり特殊な部類にはいります。海外の多くの国では、雑誌は書店で買うものとは決まっていません。書店はあくまで書籍を買う場所であって、雑誌を買う場所ではないのです。
この本は、日本の書店およびその特殊な出版流通の仕組が、どのような時代背景を経て成立していったのかという歴史を、丹念に追いかけていった学術論文です。
スリップは、いつごろから普及したのか?
ジャンルという概念は、どのようにして成立したのか?
なぜ、本は定価販売で返品できる制度になっているのか。
本屋はいつから開架式になったのか、平台はなぜ生まれたのか。
戦前からの出版流通事情を膨大な史料をもとに紐解きながら、これらが必然的に生み出されていった歴史的経緯を明らかにしていく、というのがこの本の骨子なのですが、流石に論文だけあって、非常に詳しく調べてあり、大変勉強になりました。おそらくこの論文は今後十年以上にわたって、この分野を研究する人にとっては、先駆的な基礎論文であり続けるであろう優れた業績になることでしょう。そういう話が好きな方には期待以上の本だと思います。
ただし、歴史的学術的な業績が、必ずしも現実的には実学にはならないという点において、本書もその範疇を超えているとは言いがたいのではないでしょうか。残念ながら、ビジネスとして出版流通の枠組みを今後どのようにしていくべきか、という問いに対しては、本書は明確なビジョンを示してくれるものではありません。あくまでそこは曖昧なまま、ヒントを提示してくれるだけなのです。
著者は出版業界の現状の「危機」に対してこう主張しています。

以上のように経営問題としての「出版不況」がまず背景としてあり、その原因として流通寡占や雑誌依存体質、再販制度にみられる固定的な商慣習などの産業構造が問題化した。それらの要素が、外部環境の変化や技術革新、活字幻想ともいえる教養主義的な言説と相まって未整理のまま俎上にあげられ、作家、ジャーナリスト、学者、編集者などの文化人とその予備軍である読書家のサークル、または業界関係者相互で、それぞれ論者の個人的な利害や思い入れによって個別に論議される。これが一〇年に及ぶ出版危機言説の実態であり、その範囲で尽くされる議論の中からは「問題」も「解決」もみえてこない。

あえて狭い範囲でとらえるならば、この論文自体も現時点ではその「言説」の一部でしかないわけで、まあ結局は実践することのみに価値があるという世界ですから、われわれ書店員は、あくまで現場で「問題」を「解決」していくことにこだわっていかないとあかんということなんでしょう。多分。