死んだらおしまい、ではなかった

死んだらおしまい、ではなかった

死んだらおしまい、ではなかった

先日読んだ『心霊探偵八雲』の8巻には、あまり知られていないが仏教では霊魂不在と教えられている(これ読むまで知らなかった)とあったんですが、今回ご紹介するこの本を書かれているのは、お坊さんなのであります。
これまで葬儀をとりおこなった回数は2000回超。はじめは読経しかできなかったけれども、だんだんと故人の魂の存在を感じ取ることができるようになり、789件目の葬儀でそれは確信にかわったと書かれています。目に見えるわけではないらしいのですが、故人の考えてることなどはその魂の様子からわかるらしいです。このお坊さんは、ご自分の葬儀で実感された霊の存在について、自分の主観的な思い込みでないということを客観的に見て信憑性があるようにするため、すべてデータベース化して記録に残しているのだとか。死んだらどうなるのかなど、なかなかデータベースをもとにした話として聞けるものではないので、なかなか貴重で興味深い本だと思います。さくっと読めるし。
ちなみに人は死んだらどうなるのでしょうか。
まず4人に1人くらいが、自分が死んだことがわかってないのだとか。
葬儀をやる理由は、死んだ人にあなたは死んだのですよ、と分からせるためにやってるという意味合いが強いそうです。お経は唱えますが、基本的に魂は生きているときと同じなので、今生きていてお経をありがたいと思っている人ならお経をありがたいと思うし、そうでない人は死んだとしてもそうではないとのこと。お坊さんがこんなことを書いていいのかと思いましたが、葬儀でお経を唱えるのは形式的なもので実はあまり意味はなく、遺族が供養する気持ちのほうが大事なのです、だそうです。そうだったのかぁ。
それから、死んだら体の障害から解放されるとのこと。盲目の方が亡くなられた葬儀では、故人は死んでから目が見えるようになって喜びでいっぱいの気持ちが伝わってきた、という話が載っていて興味深かったです。ただ生前耳が聞こえなかった方の葬儀では、故人は聞こえるようになった音声が何を意味しているのか理解できなかったみたいだとも書いてありました。
その他、いろいろなケースが書かれていて、お坊さんによるスピリチュアル小噺のような本でした。
ところで、このお坊さんが2000件葬儀をおこなって、ちょっと気になっているのが平均寿命についてなんだそうです。データベースの統計では、ご自分が葬儀を執り行った方の平均寿命は、男性が60.4歳、女性が64.9歳だったのだとか。一般的に言われている平均寿命80歳には程遠く、80歳を超えていたケースは全体の18.3%しかなかったとのこと。本当にこの国の平均寿命は80歳なのだろうか、と疑問をなげかけていました。
おっと、ということは人生六十年、下天のうちに比ぶれば、私の人生もずいぶん残り少なくなっていることに、今気がついてしまいました。そうだったのかぁ。