TRICK+TRAP
勝手に本屋ミシュランシリーズは、個性的な書店の集う吉祥寺特集に突入いたします。まずは第一弾、「TRICK+TRAP」からスタートです。ここは全国的にもおそらく唯一と言えるミステリー専門書店、扱っている本がすべてミステリー小説という書店業界の中では奇跡的な存在なのであります。飯田橋の駅前に、その名も「深夜プラスワン」というミステリ専門書店がありましたが、普通にマンガやエロ本も売っている「深夜プラスワン」に対して、「TRICK+TRAP」は、本当に純粋にミステリのみ扱っています。しかも古本でなくて新刊で。これって本当に難しいことなのです。
いつも人でにぎわう中道通りの郵便局の向かいのアパートの2階の一室がお店です。窓にはホームズのロゴマーク。休日の吉祥寺中道通りは人でいっぱいですが、一歩店内に入ると外の喧騒が嘘のような静かな空間。お店はわずか8坪です。部屋の周りをぐるりと文庫本の棚が囲み、真ん中に島什器の棚でハードカバーとノベルスを置いています。基本的にはすべての棚が、ミステリ作家の著者名五十音順で並んでいますが、その著者や著作をどういう基準で選んでいるのかは、ちょっとよくわかりません。たとえば西尾維新は在庫ゼロなんですが、あれはミステリーとは認められてことなんでしょうね、多分。いずれにしても、置いてある作家さんはわりと本格モノが多くて、基本的に直球勝負の本棚です。私もほしかった東野圭吾の文庫本を購入することにします。結構、プロの作家さんもよくいらしているようでして、有栖川有栖や綾辻行人、島田荘司といった錚々たる面々の来店写真が飾ってあります。なので、サイン本も結構並んでおります。
わりといい内装ですね。什器はワインレッド色という珍しい色で、いかにも殺人事件がおこりそうな雰囲気です。なんか、ワンポイントの仕掛けとかあったら面白いのかもしれませんね。BGMは龍臥亭組曲が流れています。お客さんが私以外全然来ない、というのもあるのですが、とても静か。ときおり、男性の店番のかたの独り言が店内にぼそぼそと響きます。
えー、この店の家賃は13万5千円なのだそうですが、この分だと家賃の回収も厳しそうです。この店は書店開発を通して仕入れているので、掛け率を20%に設定すると、月に67万5千円売らなければ家賃の回収はできない計算になります。文庫の単価は600円〜700円ぐらいですから、計算しやすいように675円で計算すると、月に1000冊販売する必要が生じます。でも今は営業も変則的で、月に100時間程度しか営業をしておりませんので、1時間あたり10冊販売する必要が生じます。6分に1冊か…。うーむ、厳しい…。しかもまだ、人件費分計算してませんからねー。これは究極に趣味の店ですねー。オーナーの小林さんは、雑貨店も経営されていて、そちらがメインなのだそうですが、そうでなくては「やっていけない」壮大な趣味と言い切っています。新刊で専門の書店というのは、本当に儲からないものなのです。
現在の日本における新刊の専門書店は、アート本のナディッフ、車関係では高原書店やリンドバーグ、児童書ではクレヨンハウスなどが有名ですが、いずれも単価が高い本のジャンルであったり、何か他の業態とくっつけて営業をしていたりというパターンがほとんどです。現在ビジネスとして単独で成立しうるのはかろうじてコミック専門店だけと言っていいでしょう。
私個人的には、日本にはもっとこのような専門ジャンルに特化した書店が増えてほしいと思っています。別に単独でなくてもよいのです。コミック売場が「とらのあな」になっていて、児童書売場が「クレヨンハウス」、美術書売場は「ナディッフ」で、みたいな各ジャンルに異様に尖がっている専門店集積型の巨大書店が登場したら、紀伊国屋型のデパート型総合書店に慣れている私たちから見れば、圧倒的に新しいパッケージになりうると思うんですよね。ただ、でかいだけじゃなくて、深い。そんな専門巨大書店は楽しそうじゃないですか?
ですが今の日本の流通で、そうした専門書店の存在が許されないのは、書籍の単価の低さ、マージンの低さに最終的には起因すると思います。構造的な問題ですから、簡単には解決しなさそうですね。せめて、吉祥寺周辺にお住まいの方は、ミステリは必ず「TRICK+TRAP」で購入しましょう!
総合評価は75点です。ちょっと品揃えが甘いのですが、存在しているだけで拍手喝采を送りたくなる稀有な書店です。壮たるかな、その志。がんばってください。
http://www3.to/trick-trap